鼎談 いのちの平等~民医連の魂をつなぐ | 山梨民医連

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2023年3月30日鼎談 いのちの平等~民医連の魂をつなぐ


(左から)
下川雄大さん(石和共立病院・ソーシャルワーカー)
菅野幹子さん(元山梨民医連事務局・全山梨県社会保障推進協議会事務局長)
加藤昌子さん(甲府共立病院・医師)

忘れられない患者さんとの出会い/この病院に出会えて変わる人もいる

【加藤】「お金がなくて病院に来れない」「検査はやめてほしい」と話す患者さんに接することが多く、検査していない間に急に進行したがんが見つかって治療も困難を極めることが非常に多いと感じています。他の病院に一度かかっても、もともと経済的に問題がある中でアルコールに依存してしまい生活が破綻しているなど、かなり大変な患者さんにうまく対応できず、当院にたどり着くこともあります。
みんながうまくいくわけではないですが、当院で関わるようになってから生活の立て直しができ、病気が良くなったりすると、この病院に出会えたことで変わっていく人もいるんだなと実感しますし、そういうこともあるからがんばれる、と思っています。

【下川】僕の方からは大切にしたい具体的事例を紹介します。10月終わりにAさん(70代男性)から無料低額診療事業(以下、無低診)を利用して受診したいと、相談がありました。Aさんは手がパンパンに腫れていて、妻(70代)は食欲がなく嘔吐を繰り返していて、短期保険証で手持ち金もない状態でした。我慢せずすぐに受診するように伝え、同日に受診してくれました。妻は顔面蒼白で足元がおぼつかない状態で、結局がんの一種で末期状態ということが分かりました。妻のお腹が痛くなり始めたのは1年ほど前から。受診したかったけれど、資格者証(10割負担)でほぼ無保険だったんです。

菅野幹子さん

「受診できて嬉しい」「貯金できなかった自分が悪い」と

【下川】Aさんは60代半ばで退職し妻は専業主婦でした。そのころから困窮していて保険料を払う余裕もなく、資格者証の状態でした。何とか保険証を持ちたいと思って市役所に行きましたが、お金の相談をすると市役所の職員が困った顔をする。相手を困らせるくらいなら自分たちが困った方がいいんじゃないかと思ってしまったそうなんです。

(一同)ええ~!!

【下川】そのまま10年くらい無保険で過ごして、今年4月差し押さえ書が届いて、さすがにこれは困ると市役所に行くと「払ってくださいとしか言えない」と言われ、コロナの給付金を全額滞納分に充てて差し押さえを回避したそうです。それでも保険証はもらえず、妻の体調が悪くなったため、9月に何とか保険証を出してもらえるように相談し、短期保険証を取得したのですが2週間で1万5千円ずつ払ってくださいと言われたそうです。2人とも無保険で収入はAさんのアルバイト代9万円のみでした。
それを聞いてすぐに市に連絡を取り、生活保護の申請を進め決定が下りました。
生活保護が決定するまでの間、無低診を利用したのですが、その申請書の理由の項目に-ふつうはこういうことを書く項目ではないのですが-Aさんは「受診できて嬉しかったです」と書いたんですよ。とても衝撃的でした。「資格がない中で受診できたからすごく嬉しかったんです」と続けるAさんの話を聞きながら、お金がないと受診が出来ない、資格がないと捉えていたんだなと思い、これが社会の縮図だと感じました。病名の告知をした時は「全部お金を貯められなかった自分が悪いんだ。だからしょうがない。」と涙流しながら言っていました。僕は悔しくて一緒に泣きました。Aさんはこうやって聞いて大変さを知ってくれることが非常に嬉しいですと言ってくれて、最期は家で過ごしたいということで、支援しています。命は平等だから、お金の有無に関係なく医療介護は保障されないといけないと改めて痛感させられた事例でした。

【加藤】その患者さんのことは相談を受けていました。その時点でとても大きい腫瘍で、すでに厳しい状態でした。普通じゃこんな大きさになるとかなり具合が悪いだろうし、気付かないはずない、なぜこうなるまでなぜ受診しなかったのかと思いましたが、そういう経緯があったんですね。気付かなかったわけじゃなくて受診できない背景があったということはとても考えさせられますね。

加藤昌子さん

お金がないと医療にかかれない/月9万の収入から3万の保険料

【菅野】なぜそういう状況になってしまったのか、ちゃんと話を聞いて然るべき制度につなげるのが、本来の市役所の仕事だと思います。市の相談窓口でもっと早く対応できたんじゃないでしょうか。保険料を払えない事は悪だという捉え方がありますが、そうじゃない。保険料の支払いよりいのちを守ることが最優先のはずで、役所の対応は問題です。ご本人が決して悪いわけではないと思います。

【下川】「お金がないと医療にかかれない」という世の中になっていると痛感しています。でも人権を考えると医療を受けることは権利で守られなければいけないものなので、「金がないから受診できない」だと、守れる命も守れないと思います。
この方の場合、月9万円の収入で家賃が3万7千円。そこから月3万円の保険料を支払うと、命を維持させるだけでもかなり大変だと思います。市役所で生活保護課や保健師さんをはじめいろいろな方がかかわっているのになぜ解決が難しいのだろう?と思います。

【菅野】「病院に行きたい。でも保険料が払えない、どうしよう」と相談に行くというのは相当なことです。「無低診をやっているのは〇〇病院です。お金がなくても受診できますよ」と言ってもらえるだけでも全然違うので、まず相談に乗ってもらいたい。

【下川】『資格者証』は10割負担なので保険証がないのと一緒です。『短期保険証』は何度も市役所に行って少しずつ保険料を納めないともらえないというものです。このため短期保険証と資格者証の制度は受診の抑制になるからやめてほしいと訴えています。相談がちゃんとできればこの人は救えたのではと思います。

【菅野】民医連が毎年行っている手遅れ死亡事例調査では圧倒的に短期保険証や資格者証が多いんです。市町村は「相談の機会を作るために発行している」と言うけど、相談して対応しているのか疑問です。行政にはきちんと事例に学んでほしいですね。

【下川】今僕にできることは、患者さんや家族の生の声を言葉として伝えることだと思っているので、今回の事例をすごく大切にしています。

【菅野】「受診ができて嬉しかった」と仰っていたことを市役所の担当者に伝えたいですよね。ケースカンファレンスみたいなものを行政の担当者とも出来たらいいんじゃないかと思います。

【加藤】私もそうしてもらいたい事例は何回も経験しています。

【菅野】そういう人たちがたくさんいることを行政の担当者がきちんと知ることは大事ですよね。無低診をやっている病院へ受診を勧めるとか、医療機関につなげるだけでも救われる人がいることを肝に銘じて欲しい。

【加藤】困っている人は共立病院へ紹介されることも多いけど、本当は病院というものはそういう人を受け入れることができないとダメなんだろうなと思います。

【菅野】他の病院でも対応してくれるところが増えてくればいいですよね。患者さんにとっても、医療機関にとっても、みんなにとっていいことだと思います。

【加藤】 医療費負担の軽減のために身体障害者手帳を申請することも多いです。障害が重い人は継続治療するにも、毎月の治療費がかかるので、身体障害者手帳を申請すれば、すごく医療費が楽になって治療も受けやすくなります。でもその制度も一度窓口で費用を払わないといけないので大変で問題ですね。以前診療所勤務の時に、身体障害者手帳をよく申請していたら他院より共立さんは申請が多いって言われました。

【菅野】せっかく制度があるんだから、他の病院にも申請をすすめてほしいですよね。

下川雄大さん

生活保護は命を守るための制度

【下川】今は生活保護の申請に行くと、生活保護ではなくコロナの給付金を勧められます。給付金は一時的なものだし、生活基盤を固めるために相談に行っているのに、お金が全てで人権がほったらかしになっていると思っています。

【菅野】お金をもらいに行っているわけじゃないですよね。

【加藤】生活保護のお金を酒に使うとか、そういう問題もあるということで変に厳しくされているのかなと思います。一時的にお金をあげるというより、医療を受ける、ご飯を食べる、など生活の基盤を立て直すことに目を向けるようなやり方にしてほしいですね。

【菅野】「国からお金をもらうなんて、とんでもない」という方がいます。生活保護は暮らしを守るための制度なのに、正しく伝わっていない、理解されていないと感じます。

【下川】色々生活が制限されるイメージが結構強いようです。そういう患者さんには、「あなたの命を守るために必要なんだ」とよく言います。生活とか車とか制限されるかもしれないけれども、まず優先として命を守りたいと伝えて、申請に繋がることはあります。

【菅野】まだまだハードル高いですよね。

【下川】窓口に行くと「車は持ってますか」と先に言われます。そうじゃないと思います。

【加藤】売りもできない古い畑や家があっても、それを整理してこいと言われますよね。

【下川】人権と権利よりも、お金だと、そういう風潮になってきているなと思います。今年度の社保学校に参加していますが、そこで学ぶ中で、人権がまずは中心だよな、と思いました。

 

こんな社会になればいい/医療や介護が必要な人に提供できる環境を

【加藤】医師としての立場から、医療や介護が必要な人にちゃんと提供できる環境が整うことが大事だと思います。保険証を持っていないだけじゃなくて、お金が少ないケースも多いです。家庭環境などで介護の必要度は変わるのに、お金がないから、要介護いくつだからここまで、と決まっていて必要なサービスが受けられなくて困っている。それで家族が家にいなきゃいけなくて働けないケースもあると思います。
病院側としてはこの病気は何日以内に退院させないと病院の経営が苦しくなるとか、治療の器具や入院の期間とか制限を受けながらやっています。患者さん側は受けたい時に受けたい医療を受けられて、治療する側は、その時提供できる一番適した治療を行えるのが理想的だと思います。

【下川】その通りですね。医療や介護は必要なだけ受ける権利はあって、保証されなきゃいけないと思います。けれど必要な医療や介護が受けられないという相談は日常茶飯事です。介護保険も、その世帯の経済状況に応じて応能負担にできたら必要なサービスも受けられます。医療保険の一部負担金も、本当であれば医療は権利なので無料になればいいけれど、最低でも短期保険証や資格者証はやめてほしい。重度医療も償還払いをやめて窓口無料にすれば、生活もお金も権利として守られると思っています。後期高齢者の窓口負担も2割になるし、介護保険も次の制度の改変で、例えば要介護1・2で通所リハや訪問介護が使えなくなる可能性が高いと出ていて、受けたいのに受けられない。そうではなくて必要な医療介護は安心して受けられる社会になってほしいと思います。

生活や命を守ることにお金を使う政治に

【菅野】民医連が綱領に掲げている、『いつでも、どこでも、だれでもが医療も介護も受けられる』社会になるのが一番です。「国保料や介護保険料の引き下げ」とか「資格者証・短期保険証の発行やめて」と求めているのは、命と健康を守ることが最優先だからです。そして、それを実現させるのが本来の政治の役割です。自己負担が増え、介護保険料を払うのに精いっぱいで、サービス利用まではとてもできない方も実際にいます。それは市町村も分かっていて、出せるところではお金を出して保険料を抑えている。本来は国がこれまで通りしっかり負担し、必要なところにお金を出すべきです。私たちの生活や命を守るには、そのためにお金を使う政治を実現することが本当に大事なことだと思います。
でも政治を変えるのはすごく大変です。手遅れ死亡事例調査のように、民医連は日常的に現場の声を社会に発信できるし、実態に基づいて運動もやっていける組織団体です。それは民医連にしかできないことです。またそういった実態に向き合う職員の負担を減らし、働きやすい環境にするなど必要な支援にはしっかりお金を出すよう県に求めていくのはとても大事です。この間、民医連をはじめとしいろいろな団体が燃料高騰について要請していますが、県からの支援は一切ありません。「いま支援してもらわないとみんなの暮らしが守れない」と諦めずに言い続けなければいけないし、そういうことに耳を傾ける県政にしたいと思います。みなさんから寄せられる事例を、具体的政策に活かせるような役目を果たさなきゃいけないと、強く思いました。

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